浦メシ屋奇談

音楽のこと(特にSwing Jazz)、ミステリーのこと、映画のこと、艶っぽいこと、落語のこと等々どちらかというと古いことが多く、とりあえずその辺で一杯やりながら底を入れようか(飯を喰う)というように好事家がそれとなく寄合う処。“浦メ シ屋~っ!”

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スインギン━swingin'

 誰かに見られている。
最近、遠山祐二は時々ふとそう感じることがある。今も何となく視線を感じ、脇を通り過ぎてきたベンチを振り返った。
 立てたコートの襟に頬まで埋め、腰を前にズリ出し脚を投げ出すように組み、小さなバッグを抱えた二十五、六の女性と目が合った。
 もう四十年も人から見られる、いや聴かせて見られる商売をしているが、未だに見られることが当たり前のようになれない。むしろ最近のほうが見られていると感じることが多くなり、また見られることを意識することが強くなったような気がする。
 若い頃は一途に音楽を追いかけていたからだろう、周りなどほとんど意識しなかった。歳をとって余裕が出てきたのか、あるいはもうそれほど前へ前へと出たがる情熱が失せてきて回りの反応に寄りかかるようになったのか、見られることで快感を覚えむしろ意識するようになってきて、そこに人がいるだけでつい反応してしまう。
 さっきも羽田に向うモノレールの中で、多分私を知っているのだろう、膝の上の小さなクラリネットのケースと私の顔を幾度となく見比べてくる中年の男に、昔ならまったく無視していたのについ目を合わせてそっと会釈をしてしまったりした。
 しかし、それもいいじゃないか。今までに何回コンサートを、ライブを、さらにテレビ番組に出演したり、またあちこちのイベントに参加したり、そして少なくとも五十枚は下らないレコードとCDを手がけ、そこへ一言添えてサインをするなど、ジャズファンはもちろん一般の人たちにも少しは音楽家として知られる存在になったのだから、多少のスター気取りは許してもらえるだろう。

 遠山祐二は今夜の鹿児島でのコンサートに向けて、羽田発十一時二十五分ANA516便鹿児島行きの、25列A席窓側に落ち着いた。
 他のメンバーは朝の早い便で先乗りし、リハーサルも含めて準備している。永年一緒にやってきたメンバーだから心配はない。
 ただ、昨夜のライブで初めて降ろしたオリジナル曲を今夜のプログラムにも加えるつもりだが、少し気になるところがあり鹿児島へ着くまでの機内で手直しし、リハーサルに間に合わせようと思っていた。

 テンポはもう少し速くしよう、と遠山は考えていた。4小節ランニングスタイルのベースと、切れのいいブラッシュ・ワークのドラムスだけのイントロに次いで、我ながら上手く書けたと一人悦に入るテーマを1コーラスクラリネットでぶっ飛ばす。2コーラス目からヴァイブラホーンにギター、ピアノが加わりアドリブへと展開する。
 遠山はふと昔中学生の頃初めて聴き、その後何回となく繰返し何百回聴いたであろう、クラリネットの鈴木章治がピーナッツ・ハッコーを迎えての2本のクラリネットで吹き込んだ伝説的な「鈴懸の径」の裏面の「アフター・ユーヴ・ゴーン」(「君去りし後」)を想い出した。
 当時はそのとてつもなく速いテンポの演奏に目を見張った。テンポだけでなく、その切れの良い演奏はまさに小気味良かった。このオリジナル曲も、四十年前に感じたあの衝撃的な感覚が聴衆に伝わるような演奏にしたかった。
 いつしかあの「アフター・ユーヴ・ゴーン」が甦って来た。

 中学一年生だった遠山はその時、生まれ育った長野県伊那市の商店街のアーケードを歩いていた。その歩みを一瞬にして止められた。軽快なヴァイブラホーンとギターのイントロとともに2本のクラリネットの心地よいテンポの「鈴懸の径」のメロディーが、アーケードのBGMから流れてきた。遠山は背中が総毛立つのを覚えた。
 曲の「鈴懸の径」は当時の売れっ子歌手灰田勝彦の歌で、小さい頃から聴いて知っていた。が、この緩やかに流れるようでいて軽快なクラリネットの「鈴懸の径」は初めてだった。
 メロディーラインを歌うクラリネットにもう1本のクラリネットが和音を付け、アドリブをそれぞれの楽器に回し、2本のクラリネットでリフ(繰返しのフレーズ)を重ね、再びテーマでエンディングになる。
 曲が終わっても遠山はしばらく動けなかった。ふと我に返ると遠山はすぐ近くのレコード店に駆け込んだ。そして今BGMでやっていたクラリネットでの「鈴懸の径」のレコードは誰の何というレコードか、を尋ねた。
 遠山は鈴木章治という当時まだ若きクラリネット・プレイヤーを、リズムエースという彼のバンドと、さらにキング・オブ・スイングと呼ばれたクラリネットのベニー・グッドマンと一緒に来日した、ピーナッツ・ハッコーというやはりクラリネットの名人のことを初めて知った。
 遠山はこのアーケードで聴いた「鈴懸の径」と、この時は買えなかったがそのEP盤(今でいうシングル盤)のレコードがきっかけでジャズを知るとともにジャズから離れられなくなり、いつの間にかその道に入ってしまった。その鈴木章治とリズムエースの「鈴懸の径」のEP盤の裏面に入っていた2曲の内の1曲が、「アフター・ユーヴ・ゴーン」だった。
cla
 原田 勇(ドラムス)の短く切れのいい4小節のブラッシュ・ワークに続いて、鈴木章治のしなやかに鞭のように纏いつくかと思うような、それでいてビートにのってスイングするクラリネットが、まるで聴いているものを軽くからかうかのように小気味良く走り出す。
 途中、ピーナッツ・ハッコーとソロを入れ替わりながら掛け合い、そこへ割り込むようにコロコロと滑らかに入り込んでくる松崎龍生のヴァイブラホーン。こぼれるように届いてくる小粒な音の一つ一つが立っているとでも言おうか、鈴木敏夫(鈴木章治の兄)のピアノの快さ。さらに吉場常雄(ベース)と永田暁雄(ギター)を加えたリズムセクションのスイング感においては、未だにこれ以上のコンビに遠山は出会ったことがない。
 圧巻はピーナッツ・ハッコーが書いたと言われるリフである。2本のクラリネットがまさにピッタリと重ね合わせたかのように、寸分違わず矢のようなフレーズを吹きまくり、一瞬にして曲が終わる。

 突然、前の席から三十台半ばの女性が伸び上がるようにして後ろを振り返り、遠山の顔をチラッと見て、ちょっと口元を緩めながら軽く会釈をしてその目線をすぐに外すでなく遠山に残しながら前に向き直り、シートに再び沈み込んで見えなくなった。
 遠山も一瞬にして頭の中から軽快な鈴木章治のクラリネットを追い出し、その女性につられて目元で笑いながら小さく会釈を返していた。
 時々出演するお昼のテレビ番組を観たか、あるいはコンサートを聴いたことがあって私のことを知っているのに違いない。遠山にとってはやはり悪い気がしなかった。

 再び遠山は自分の曲「スインギン」を頭の中でなぞり始めた。
 テーマからアドリブに入って、一通りソロを回してそのままラストのテーマに戻ってエンディングという当たり前の展開では、何となく単純でつまらない。
 そうだ、さっきの鈴木章治とリズムエースの「アフター・ユーヴ・ゴーン」でのピーナッツ・ハッコーのリフじゃないが、ここに印象的なリフを挟もう。
 クラリネットとヴァイブラホーンとギターがアップテンポで一糸乱れぬリフで変化を見せて、最後のテーマを印象付けよう。

 シャラッティーリーリー・シャラッティ!
 シャラッティーリーリー・シャラッティ!
 前の席の女性がまた伸び上がるようにして振り返った。が、リフのよいメロディーが浮かびかけていた遠山は、その女性の視線に気が付かない振りをして無視し、浮かんだメロディーの繰返しと重ね方を身体を小刻みに揺すりリズムを取りながら練り上げた。
 シャラッティーリーリー!シャラッティ!
 シャラッティーリーリー!シャラッティ!
 シャラララリリーラ・リーララリリラ!
 シャラッティーリーリー!シャラッティ!
この後ブレイク(空白部)があって、テーマに戻る━
出来た!これでいい!まさに曲名通り、軽快な展開だ。
 その時前の席の女性が、シートベルトを外して立ち上がり、意を決したかのように振り返った。
(ははぁ~、勇気を振り絞って、やっとサインを求める気になったのかな!)と察した遠山は、彼女が言うより先に、
「何か書くものをお持ちですか?」
と聞くと━
「掻くもの?痒いんじゃないわ!あなたの、背中での貧乏揺すりが我慢できないのよ!」
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| ショー(ト)説 | 16:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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