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浦メシ屋奇談

音楽のこと(特にSwing Jazz)、ミステリーのこと、映画のこと、艶っぽいこと、落語のこと等々どちらかというと古いことが多く、とりあえずその辺で一杯やりながら底を入れようか(飯を喰う)というように好事家がそれとなく寄合う処。“浦メ シ屋~っ!”

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我がオンガクロジー。

以前に、作・編曲家であり音楽プロデューサーでもある友人から「ウラさんって、ソルフェージュがしっかりしているね!」と言われたことがある。
話をしていて音楽の話になると、電話でもそうだが、クラシックでもジャズでもポップスでもすぐにメロディーを口ずさむ癖がある。
それは単にメロディーだけではなく、バックの伴奏やリズム、さらにサウンドなど、演奏されて聴こえてくる状態を雰囲気も混ぜて口で表そうとしていることは確かである。

昔、鈴木直樹(クラリネット、サックス)のライブのプロデュースしていて、休憩時間にヴァイブラホーンのミルト・ジャクソンの「BAGS GROOVE」という古い曲のリクエストがあった。
どだいスイング・バンドである我々に、バリバリのモダンのナンバーをリクエストする客も客だが、その時受けた鈴木直樹は良くは知らないにもかかわらず、断るわけにはいかないと思ったらしく、どんな曲だったか教えてくれ、と私のところへ来た。

断っておくが、単なるジャズファンはスイングもモダンも同じジャズで変わりはないと思われる方もいらっしゃるかも知れないが、実はまったく違う音楽でスイング系のプレイヤーは、モダンの曲をあまり良くは知らない。
モダン系のプレイヤーもスイングやトラッド系のジャズを知らない人が多いが、これはスイング系プレイヤーのモダンを知らないのとはちょっと意味が違って、個人的には問題だと思う━が、ここで論ずることではないので、またの機会にするが━

鈴木直樹に私は、1954年レコーディングのマイルス・デイヴィス(Modern Jazz Giants)の「BAGS GROOVE」での演奏を、ケニー・クラーク(d)のシンバル・ワークを混ぜながら口演奏で一部マイルスのアドリブを加えながら聴かせた。
それを聴いただけで、鈴木直樹は次のステージにテナーで「BAGS GROOVE」を吹いた。結構いい演奏だった。
その時、私の口演奏を聴いた鈴木直樹が「ウラさん、レコード聴いてるようだね。それにキーも合ってるね!」と言っていた。

また別のライブでトランペットの鈴木正晃をゲストに呼んだ。その時、やはり休憩時間に客が鈴木正晃に「真夜中のブルース」(Midnight Blues)をリクエストしたらしい。
年配の方は憶えておられるだろうが、この「真夜中のブルース」は1958年公開のドイツ映画「朝な夕なに」(原題Immer Wenn Der Tag Deginnt。主演のルート・ロイヴェリックは「菩提樹」でもだが、美しかった。)で使われていた曲で、ベルト・ケンプフェルト楽団の大ヒット曲である。
余談だがこの頃のベルト・ケンプフェルト楽団と言うとヒット曲が凄まじかった。この「真夜中のブルース」の他、「星空のブルース」(Wonderland By Night)、「愛の誓い」(Till)等など、トランペットでのムード曲が立て続けにとヒットしていた。
trumpet
いかに大ヒット曲とはいえ40年も前のポップスを、世代も離れたジャズのトランペッターにリクエストする方もする方である。単にトランペット繋がりというだけである。が、鈴木正晃もやはり断りきれずに私のところへ来た。
「真夜中のブルース」はドラムスだけをバックに、ワウワウミュート(弱音器)をつけてのヴァース(序奏部)があって、その後オープン(ミュート無し)になって哀愁漂う美しいハーモニーの演奏になる。
そのドラム入りのミュートでのヴァースと、ハーモニーの美しいオープン部を口演奏で聴かせた。
驚いた。その口演奏を1回聴いただけで、彼は次のステージでその「真夜中のブルース」を、さも昔から良く知っていたかのように演った。
ただその時の編成がコンボ(小編成)だったから厚い音のハーモニーが出せないために、ドラムスをバックのミュートでのヴァースが終わってオープンになるところから、ディキシースタイルに変えてやってしまったのだが‥またこれが意外と良かった‥とにかくこの時はさすがにプロだな、と感心した。
と同時に、オレの口三味線も満更でもないな、とほくそえんだものである。

何故、クラシックでもジャズでもポップスでも、果ては噺家の出囃子までこんなに口でやるようになったんだろうか、とつらつら考えてみると、どうやら音楽に興味を持ち始めた子供の頃の環境にあったように思う。
こう言うと、子供の頃の音楽環境が良かったからと思われるかも知れないが、さにあらず音楽的な環境などまったくなかったに等しいのである。つまり子供の頃はまったく音楽的な環境になかったからこそこうなった、いやこうならざるを得なかったと言えると思う。
ただ音楽を好きになるタチ(質)は、もともとあったのだと思う。10歳の頃、たまたまラジオから流れてきたサンサーンスの「白鳥」を聴いて、突然その質が目覚めたのである。目覚めると同時に、猛烈な音楽的飢餓状態にあることを自覚したのである。
言い換えればそれからは、音楽が聴きたくて聴きたくてしようがなくなってきていた。とはいえ当時家の中で、音らしい音のするものと言えばラジオか柱時計くらいしかなかった。後は学校での音楽の時間か校内放送、もしくは商店街や商店のBGMである。

その頃からラジオの番組表を見ては音楽番組をチェックし、なるべく聴くようにしていた。音楽番組に関わらず、ドラマやクイズやニュース番組のテーマ音楽にも興味を持って聴いていた。
音楽と共に憶えているドラマといえばまずは「君の名は」(1953年NHK 菊田一夫作、古関裕而音楽)。織井茂子の主題歌と「黒百合の花」の迫真の歌い方に、子供心を奪われた。
それから新諸国物語「白鳥の騎士」「笛吹き童子」「紅孔雀」「オテナの塔」「七つの誓い」(1952~1956年NHK 北村寿夫作、福田蘭堂音楽).。福田蘭堂は尺八奏者として知られており、独特のメロディーは印象深い。余談だが後のクレイジーキャッツのピアノを弾いていて、桜井センリと交代した石橋エータローは福田蘭堂の息子である。
さらにドラマ音楽で印象深く残っているのは「一丁目一番地」、「お笑い三人組」、「お父さんはお人よし」、さらに「日曜名作座」。この「日曜名作座」(1957~2008年)は出演の森繁久弥と加藤道子と共に、古関裕而のテーマが番組の内容と、日曜の夜9時という時間を象徴していて実に名テーマだと思う。今でもついふと口ずさんでしまう。
つい口ずさむといえば、あの頃「風流剣士」という放送劇があって、物語は忘れたが━
♪高い空見て考えろ 風が流れる 雲が飛ぶ 
~ 
立身出世を夢に見る 欲で固めたその中で 
侍だとて忘れてならぬ それは風流 風流ごころ♪
というテーマは今でも、時々ふと口をついで出る。歌詞とメロディーが堂々としていて、何故か印象深く忘れない。

そのほか音楽番組で言えば、「今週の明星」(1950~1964年、このテーマも古関裕而)、「音楽の泉」(1949年~、テーマはシューベルトのモーメント・ミュージカル)、「名演奏家の時間」(テーマがなんであったか憶えてない)、「青少年音楽会」(1950年代後半、土曜日の午後、司会は確か芥川也寸志。テーマはメンデルスゾーンの4番イタリア)、「ラジオ・ジューク・ボックス」(DJ石田 豊、後にリクエスト・コーナーでお馴染み)、「きらめくリズム」、「音楽夢くらべ」等々。
さらにニュース番組の「録音ニュース」(確かテーマは道化師)や、スポーツ中継のテーマの「スポーツ・ショー行進曲」(これも古関裕而作曲)など、18歳までの私にとってラジオは言葉も含めて音の、サウンドの、音楽の玉手箱だった。
そうしてラジオから聴いたクラシックでもポップスでもオリジナル曲以外の気になる曲は、メロディーや曲の雰囲気を憶え、.誰彼となく人に口演奏をして何と言う曲かを教えてもらうのである。
saxophon
社会人になって仕事に就いてからは、レコードプレイヤーもレコードも持つようになったが、夜遅く帰ると安普請のアパートだったから、隣に迷惑をかけそうでレコードがかけられない。だからジャケットを眺めながら、その演奏の雰囲気を出しながら自分で口真似でやって楽しむ。
そんなことを繰り返しているうちに、すっかり口演奏するのがクセになってしまった。と同時に、トロンボーンやトランペット、サックス、ベースやドラムスの特性を活かしたサウンドの口演奏で遊ぶことを憶えた。同じ楽器でもプレイヤーによって音と演奏の感じを違えて面白がったりもした。
そんなことからだろう、私の頭の中の音楽には大抵シーンが絡んでいる。

ついでに記しておくと、私にとって音楽と映像が結びつくのは小中学校時代(1950~1959年)の引率映画と、時々巡回してくるナトコ映画。さらには隠れて映画館へ観にいった映画だった。
テレビは中学時代からそこここの家庭にあったが、私の家にはまだなく、友達の家で見るか、銭湯で観るくらいだった。
そんなテレビで衝撃に思ったのは草笛光子の「光子の窓」(1958年)であり、その後の「シャボン玉ホリデー」(1961年)であり、NHKの「夢で会いましょう」だった。
音楽を縦横無尽に使い、ちょっとしたドラマ仕立てやコントを散りばめたバラエティ番組には惹かれた。

元々小さい頃から落語や漫才が大好きだったが、そんな影響もあったのだと思う。その頃から軽演劇を面白いと思うようになり、ミヤコ蝶々、藤田まこと、中田ダイマル・ラケット、長門勇、人見きよし等の「スチャラカ社員」(1961年)、「てなもんや三度笠」(1962年)、テレビ版の「お笑い三人組」、さらにテレビ中継の「雲の上段五郎一座」、松竹新喜劇などを他所の家や銭湯で盛んに観ていた。
そう言えばあの頃(1960年頃)、松竹新喜劇の看板藤山寛美は山田五十鈴の娘嵯峨美智子と今東光原作の「こつまなんきん」等の映画に出ていて、高校時代によく観に行ったものだ。

話を元に戻すが、バラエティや軽演劇に接しているうちに、ドラマの中での音楽や場面転換などでの効果的な音楽の活かし方などをずいぶん見せて(聴かせて)もらった。ガイ・ロンバード楽団やポール・ウエストン楽団的なムードミュージックや、クラシックの誇張した使い方はとくに面白いと思った。
そう言った意味ではチャップリンやジェリー・ルイスなどのコメディから、ビリー・ワイルダーなどの軽妙なタッチの映画は音楽の使い方が実に巧みだ。感心してしまう。

そんな音楽の使い方が巧いから「クレイジーキャッツ」や「ザ・ドリフターズ」、「ドンキー・カルテット」は面白かった。もっとも彼らは元々プロのバンドがコミックバンドとして活躍していたにすぎない。
つまりミュージシャンとしての腕が確かだから、お笑いに振っても面白いのである。
ここでまたまた余談だが、面白いバンドというと「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」(1954~1957年)と言うバンドがあった。これはスパイク・ジョーンズのコピーバンドだが、福原彰(トランペット)、稲垣次郎(テナー)、谷啓(トロンボーン)、植木等(ギター)などそうそうたるメンバーが素晴らしい演奏で冗談音楽をやっている。
長くなるからここでは詳しく書かないが、興味のある片はCDも出ているから聴かれるといい。

話がどんどん離れていってしまうように思えるが、要するに私は子供の頃たまたまラジオを通して音楽の面白みに気がついた。いつからかその音楽を支点に物事を見ていると、さらにその音楽の持つ可能性の大きさというか面白さを知るようになった。そうなると、折角すきになった音楽だからその音楽の面白さをさらに探って何とか試してみたくなる。

来年、2011年はKing Of Swingと呼ばれたベニー・グッドマンが亡くなって25年。と同時に私が懇意にさせてもらっている「鈴木正男 & SWING TIMES」というビッグ・バンドの結成25周年でもある。
で、その記念コンサート(イベント)のお手伝いをすることになった。そんな思いを存分に生かして、楽しいSwingのコンサート(イベント)にしたいと思う。(敬称略)

※遠い記憶を頼りながら、できるだけ調べながら書いていますが、もしかしたら年やタイトルなどに誤りがあるかもしれません。お気づきの方はお手数でもお教えいただければ、即刻直したいと思います。よろしくお願いいたします。

| スイング・ジャズ | 09:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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