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浦メシ屋奇談

音楽のこと(特にSwing Jazz)、ミステリーのこと、映画のこと、艶っぽいこと、落語のこと等々どちらかというと古いことが多く、とりあえずその辺で一杯やりながら底を入れようか(飯を喰う)というように好事家がそれとなく寄合う処。“浦メ シ屋~っ!”

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とどく、ジャズ。

All of me, why not take all of me
Can’t you see, I’m no good without you
Take my lips, I want to lose them
Take my arms, I’ll never use them
Your goodbye left me with eyes that cry
How can I go on dear without you
You took the part that once was my heart
So why not take all of me

ウクレレの角のないソフトなカッティングが、心地いい。
何十回、いや何百回となく馴染んだ歌詞が、また違った懐かしさを帯びて聴こえてくる。

ビル・タピア(Bill Tapia ウクレレ、vo)をご存知だろうか。お恥ずかしい話、私はまったく知らなかった。
1月にライブで西荻窪のミントンハウスへ行った時、マスターの福元さんに教えてもらって初めて聴いた。
1908年1月1日生まれと言うから、今年102歳になる。ルイ・アームストロングやビリー・ホリデー、チャーリー・クリスチャン、さらにエルビス・プレスリーらと共演していると言う。
昨年夏に来日し、その時レコーディングしたのが「Young At Heart」(写真)で、お馴染みの曲を演奏し歌っているが、何ともいえない味わいがある。

懇意にしている70半ばのギターリストがいる。もちろんまだ現役のバリバリではあるが、若いプレイヤーに混じっての速い曲になるとどうしてもおぼつかない感じになるときがある。
あるいはふと気がつくとアンプの音が少し大きくなっていたりする。あれ?耳が少し悪くなってきているのかな!と思ったりするときがある。
またいつも入っているオーケストラのサックス・セクションのラインから見慣れたアルトの名人が見られなくなって、どうしたのだろうと心配していると、眼が悪くなって譜面が見にくくなってきたから引いたのだと言う。
しかし他のところでの演奏を聴くと、彼のギタリストもアルトの名人も、いい音で、えも言われぬフレーズを聴かせてくれるのである。
Bill Tapia
101歳(レコーディング時)のビル・タピアの絶妙な歌とウクレレを聴いていて、ふと思ったものである。
我々のような未熟者が上手い!などと軽々しく言えないいい演奏というのがある。何も特別なことをするでもなく、何十年となく同じ演奏を繰り返してきているのだろう。
庭の垣根の修理を忘れて夫婦喧嘩の直後の演奏もあったかも知れない。遠くにいる娘からの電話に気をよくしてのステージもあったろう。旅から帰って休む間もなく聴衆に悟られまいと鼓舞したこともあったに違いない。もしかしたら親父やお袋の死を受け入れられないままに、楽器を手にせざるを得なかったかも知れない‥
昨年(2009年)8月13日94歳で亡くなったレス・ポールもそうに違いない。毎週月曜日にはニューヨークのイリジウム・ジャズ・クラブでお馴染みの「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」や「ヴァイア・コン・ディウス」などを、十年一日のごとく、お馴染みのレスポール・モデルを抱え歌い続けていたに違いない。

それは巧拙などでは言い得ない味わいである。彼らが調音や練習のために奏でる音階でさえも、素晴らしい音楽に聴こえるに違いない。
どうしてあんな滋味のある音が出せるんだろう。同じ楽器を使っている人は、他にもいくらでもいるのに━
単にメロディーをなぞるだけの何気ないフレーズなのに、どうしてあんな風に奏でることができるんだろう。

そういえば先日出版パーティーに顔を出させてもらった、ヴァイオリニストで作曲家の玉木宏樹著の「贋作・盗作 音楽夜話」(北辰堂出版)に、石井宏著「誰がヴァイオリンを殺したか」(新潮社)の中からを紹介して、面白いことが書いてあった。

石井宏氏が有名な名器製作者の子孫のベルゴンツィ氏に会った時━
「(前部略)あなたご自身は自分の楽器の音色の特徴について作業としてどういうご意見をお持ちですか」という意味のことを尋ねた。すると彼は即座にこう言い放った。
「あらゆるヴァイオリンには、個有の音色なんてありませんよ。ヴァイオリンから聞こえてくる音というのは、すべてその弾き手の音です。別の人が弾けば別の音がします」

例え何億もするストラディヴァリとはいえ、楽器個有の音など無いということである。「いい音がしている」と言うのは、弾き手が上手いと言うか、弾き手の奏でる音がいいということらしい。
鍵盤を叩けば音の出るピアノでさえ、弾き手によって音が違うのは確かである。音楽的・生活的な環境や経験が弾き手の思考を育み、その結果が曲の解釈となり、それらがタッチなどの微妙な差となって音になるのだろう。
もちろん弾き手が生み出す音を100%表出できる能力を、その楽器自身備えていなければならないが━

余談だが、最近、スイング系のクラリネット・プレイヤーでカーブド・ソプラノ・サックスを手にする人が多い。
ソプラノ・サックスと言うと、普通クラリネットのように真っ直ぐで先でベルが開いているのだが‥カーブド・ソプラノと言うのは、アルト・サックスより二周りほど小さくて、アルトのようにカーブ(曲がって)している。
クラシックなどでは今は殆ど使われない、いわゆる古典的な楽器だが、音色が柔らかくよく歌い、ジャズのトラッドな曲の演奏にはスローでも速い曲でも、独特の雰囲気があっていい。
見た目が可愛くて音が柔らかいから、アマチュアでもちょっと色気のある人はつい欲しくなるらしい。

ところが前述のごとく音だけとっても、いい音が出るか出ないかはプレイヤーの技術とセンスによるところが大きいわけだから、一流のプロのを聴いて頭に描いたようなわけには当然いかない。
もちろんどの楽器でもそうだが、音楽とはそういうものだということだ。だからこそ、特にベテランの何気ない演奏が捨てておけないのだ。
様々な経験を経て、時間をかけて磨いてきた音楽は、やはり届くところに届いてくる。

前述のベテランのギタリストが、これもやはりそろそろベテランの域に入り、上手いと評判のベーシストを指して言っていた。
「2ビートが違うんだよな!どこがどうって言えない微妙な違いが、大きな違いなんだよ!」
まるで判じ物のようだが、最近スイート系の演奏をたくさん聴いていて、何となく分かりかけてきたような気がする。

以前にも書いたが、ミュージシャンでも噺家でも、これは!と思う人がいたら付き合うようにしている。何も面識を持って付き合おうと言うのではなく、なるべく機会を持って聴きにいき、少なくとも十年は聴いていたいと思うのである。
そうすると生活はもちろん、音楽的な環境・経験から段々変わってくるのが分かる。その演奏の、噺の変化を楽しむ━それが付き合いなのである。

自分自身いつまで付き合えるか分からないが、ミュージシャンにはしばらく付き合いたいと思うプレイヤーは何人かいる。
今、噺家でこれはと思う若手を探しているところだ。

※BILL TAPIA JAPAN LIVE「Young at Heart」(ビクターエンターテインメント VICP64771)

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